大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)4617号 判決 1963年2月26日

判   決

原告(反訴訴告)

大阪港木材倉庫株式会社

右代表取締役

高谷茂吉

右訴訟代理人弁護士

中村健太郎

被告(反訴原告)

成山キミ子

右訴訟代理人弁護士

和仁宝寿

大沢憲之進

主文

被告は、原告に対し別紙目録記載の土地について大阪法務局中野出張所昭和二七年三年一二日受付第三、一二二号同月八日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という)訴訟代理人は、主文同旨の判旨の判決を求め、本訴請求原因および反訴の答弁として、

一、訴外岸本英太郎は、原告の代表取締役として在職中であつた昭和二七年三月八日原告名義で被告から金三六万円を、弁済期満一年後、利息年一〇割の約で借り受け、担保として原告所有の別紙目録の土地を売渡担保の形で被告に提供するため主文第一項掲記の仮登記をした。

二、この担保は、期限に弁済がなければ、債権者は物件を処分して元利金との過不足を清算する約の、いわゆる弱き譲渡担保であつたから、弁済期経過後でも被告が担保物を処分するまでは、原告は債務を弁済して物件の返還を求めうる性質のものである。

三、そこで原告は、昭和三二年八月二四日被告に対し、借受元本三六万円と、借受日から、右同日まで利息制限法による最高額に修正した利息二八万八七三八円(昭和二七年三月八日から昭和二九年六月一四日までは旧利益制限法により年一割、その翌日以後昭和三二年八月二四日までは現行利息制限法により年一割八分の率による額)を現実に弁済のため提供したが、被告は受領を拒絶したので、同月二六日大阪法務局に右金額を弁済供託した。

したがつて、原告の債務は消滅したから、被告に対し、債務担保のための主文掲記の仮登記の抹消登記手続を求める。

四、かりに本件譲渡担保が、いわゆる弱き譲渡担保でなく、期限に弁済がないときは債権者において物件の所有権を取得し清算を要しない、いわゆる強き譲渡担保であるならばわずか三六万円の債権の代償として契約当時の時価二五二万円以上の本件土地を取得することを内容とする譲渡担保契約は過当利益行為というべきであり、また被告は、訴外岸本が借用金を原告のためではなく岸本個人の使途にあてる目的をもち、自己の行為の価値判断について慎重さと妥当性を欠き、心理的に窮迫状態に陥つており、行為的に軽率かつ無経験であるのに乗じて、右のように高価な物件を些少の債権の担保として提供させ、これを取得しようとしたものであるから、かかる譲渡担保契約は公序良俗に反し、無効である。よつて、この契約に基いてなされた主文掲記の仮登記の抹消登記手続を求める。

と述べ、(立証省略)た。

被告(反訴原告。以下単に被告という)訴訟代理人は、本訴につき、「原告の請求を棄却する」旨、反訴につき「原告は、被告に対し別紙目録記載の土地について、主文掲記の仮登記にもとずき、昭和二八年三月一日売買を原因とする所有権移転本登記の手続をせよ」、ならびに「訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、本訴の答弁および反訴請求原因として、

(一)  原告主張一、の事実中、主文掲記の仮登記がなされたこと、同三、の事実中、原告主張のとおり弁済供託があつたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  被告は、昭和二七年三月八日原告(代表取締役岸本英太郎が関与)から別紙目録の土地を、代金三六万円で買い受けたのであつて、そのさい原告は昭和二八年二月末日までに買戻代金七二万金をもつてこれを買い戻すことができ、この期限を徒過すれば買戻権は消滅し、被告は右契約と同時に交付された所有権移転登記に必要な書類を用いて被告名義に移転登記をすることができること、を約した。かくして被告は、右契約日に前記代金を支払つて本件土地の所有権を取得したが、買戻があつた場合の便宜を考慮して原告との合意により登記上は売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をなすにとどめた。

しかるに、原告は右買戻期間を徒過し、買戻権が消滅したので、被告は約旨にしたがつてあらかじめ受領していた登記に必要な書類により本登記をしようとしたが、一部書類の失効のため登記をすることができない。よつて、原告に対し右仮登記の本登記として前記買戻期間満了による昭和二八年三月一日売買を原因とする所有権移転登記手続を求める。

(三)  主文掲記の仮登記は、右のように、原、被告間の買戻特約付売買にもとづいてなされたもので、被告は原告に金三六万円を貸与したのではなく本件土地の売買代金として支払つたものであり、したがつて、原告の主張のような譲渡担保契約はない。かりに、買戻の特約が債権担保のためであるとしても、契約成立と同時土地の所有権は被告に移転しており、原告の買戻期間徒過により、原被告間の一切の関係は終局的に決済されたのであるから、そのご弁済の提供をしても効果はない。

と述べ、(立証省略)た。

理由

当裁判所は、以下の理由により原告の主張四、(公序良俗違反の点)を採用した。

原告所有名義の別紙目録の土地に、被告を権利者とする主文掲記の仮登記がなされていることは、争いがない。

(証拠―省略)ならびに本件土地に仮登記がなされたにすぎない前記争のない事実を総合すれば、昭和二七年三月八日原、被告間に成立した契約は、(その効力の有無は別として)原告主張一、のごとき金銭消費貸借および本件土地の買戻特約付売買の形を用いた右消費貸借にかんする売渡担保の契約であつて、被告の主張(二)のごとき単なる土地売買契約でなかつたこと、を認めることができる。成立に争いのない乙一号証(公正証書)は右被告の主張に副う内容を有するけれども、右認定に供した各証拠と照合すれば、この認定を妨げるものではなく、成立に争のない乙六号証の一、二、乙七号証の一ないし四も右認定を動かすに足る証拠ではなく、証人(省略)の供述中右認定に反する部分は信用できない。

つぎに、右売渡担保の契約内容について、(証拠―省略)によれば、原告が昭和二八年二月末日までに本件土地の買戻をしないときは買戻権を失ない、被告は被告名義に所有権移転登記をなすことができる約であつたことを認めることができ、したがつて右同日の弁済期を徒過すれば本件土地の所有権は終局的に被告に移転する趣旨であつたと解することができ、原告主張のように、被告において土地を処分した上、債権額との過不足を清算する趣旨の約定でああつたと認めるべきなんらの証拠もない。したがつて原告の二、の主張およびそれを前提とする三、の主張は、すでにこの点で失当である。

原告の四、の主張について。(証拠―省略)によれば、本件土地の昭和二七年三月当時の時価は、金二五二万八四〇〇円(坪七〇〇円)であることが認められ、これに反する証人(省略)の供述は信用しない。

そうすると、前認定の元金三六万円、期間一年間の消費貸借の担保として、元本額の倍に相当する本件土地を提供せしめ、原告において期限を徒過したときは被告がその所有権を取得することを約した前記譲渡担保契約が過当利益行為にあたるこというまでもない。ところで、(証拠―省略)によれば、当時、訴外岸本英太郎は自己の個人営業の面でも、原告会社の営業の面でも資金に窮し、正規の金融機関からの借入ができないので、本件土地を担保として被告に金借を申し入れ、被告側の請求により前記買戻特約付売買形式の譲渡担保としたこと、被告からの借入金三六万円は結局個人の生活費、営業資金に費消し、このため原告会社の告訴により業務上横領罪として有罪判決を受けるにいたつたことを認めることができ、また、(証拠―省略)によると、被告は右岸本が事業を再建するため資金の調達に若慮していた事情を知り、土地の売買として公正証書を作成するのでなければ岸本の申入に応じない態度に出たことが認められるのであつて、これらの事情によれば、被告は岸本の窮迫、軽率に乗じて本件譲渡担保契約を締結するにいたつたものというべきであり、かかる契約は公序良俗に反し無効である。したがつて、この契約にもとづいてなされた主文掲記の仮登記も原因を欠き無効であるから、土地の所有権に基いて仮登記の抹消を求める原告の請求は理由がある。

上記により、被告の反訴請求が理由のないこともおのずから明らかである。

よつて、原告の本訴請求を認容し、被告の反訴請求を棄却し、民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第三二民事部

裁判官 杉 山 克 彦

目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例